鬼というラッパーの曲を最近ずっと聞いている。とはいうもののアルバム2つを何度かリピートしたにしかすぎず、全曲聴いたわけではないため偉そうに語るべきではない、と重々承知しているのだが、前回ブログを更新して以降何度も色々な内容を書こうとしては途中でやめ、を繰り返して1000文字ほどの文章が3つほど下書きに溜まってきた。これも下書きの一つになるのやもしれないが好きなものについて書くと多少は筆が進むのでこのまま書き進めていきたい。

 

さて、本題の鬼というラッパーについてだが、その生い立ちは過酷そのものだ。元々HIPHOPの文化自体ゲットー、下町の文化でありワルの音楽である。彼もその例に漏れず、母子家庭で寂しく貧困な幼少期を過ごし、非行に走り逮捕歴もある。彼のその半生について描かれている自伝的な一曲、「小名浜」を聴いて欲しい。

小名浜のリリックで一番好きな部分はここだ。

“中学卒業も更生院  数年後には準構成員  旅打ちはまるで小名浜のカモメ  行ったり来たりが歩幅なのかもね  挫けた背中洗うソープ嬢  泡と流す殺気立つ毒を  小名浜港は油で濁す  必要悪があくまで美徳”

中学卒業から20代前半ほどまでの生活をこの8小節のリリックに簡潔に刻み込んである。更生院と準構成員、小名浜のカモメと歩幅なのかもね、ソープ嬢と毒を、濁すと美徳。2小節毎の語尾で韻をしっかりと踏むことで聞き心地もよくなっている。

その後にも彼の周りの人との関係や東京でラップを歌う決意をリリカルにかつ韻を踏みながらうたいあげている。彼の代表曲だ。ぜひ聴いてもらいたい。

 

他には“獄窓”というアルバムがあるが、彼が獄中で実際に書いたリリックを歌っている。その中の「精神病質」(質は室の誤字ではない)も好きだが、そのアルバムで一番好きなのは「いきがり」という曲だ。冒頭にも述べたように鬼の曲を全部聞いたわけではないが、聞いた中では一番曲調や韻の踏み方がポップスのラップの曲、ケツメイシの曲をも思わせるようなものになっている。勿論リリックの中身はポップスのそれとは全く違う、サグな内容になっている。

曲の冒頭は“悲しみや怒りな忘れ踊れ  夢もなく生きるならせめて笑え”という言葉をしっとりと歌い上げると音が急に足されて明るくなる。ところどころ混ざる東北の訛りがまたいい味を出している。

二番の頭の“欲張ればいいんじゃねぇ  気にしいさんだ  1,2,3ダァー  この道なんだ  一番じゃ物足りんノータリン  any time any place  GOサインの方がいい”の部分、ユーモアと訛り、小刻みなライミングで口に出してとても気持ちいいい。曲を通して一貫した底抜けの明るさの中にも、自分にはラップしかないという一種の諦めや決意を感じる。

 

また、“嗚咽”というアルバム内の曲である「月に願いを…」という曲はFly me to the moonのサンプリングビートに乗せてところどころで原曲のFly me~の歌詞を引用している。

もともとHIPHOPは既存の曲の前奏や間奏部分を切り取ってそこの部分にラップを乗せて歌ったり踊ったりといったものが由来である(既存の曲の前奏や間奏を切り取ったものをブレイクビーツと呼ぶためB-BOY,B-GIRLと呼ばれる)。そのため、ラップの曲は結構既存の曲のメロディーを改変して使っているものが多い。私は折角だからそこそこ流行ったJ-POPの曲のメロディーに合わせてその曲の中身に合ったラップをする曲も結構あっていいと思う。実際に山下達郎の「クリスマス・イブ」に合わせてKICK THE CAN CREWが「クリスマス・イブRap」という曲を歌ったが中々良い出来だ。3人のメンバーが一人一人違う恋人のいないクリスマスの様をラップしている。多少薄れてきてはいるが、ラッパーやラップというと「チェケラッチョ」や「YO」といったものを誇張して表現して馬鹿にするきらいがある。J-POPのサンプリングは権利の関係上難しいのは分かるが、そういう日本に馴染む形で広くラップが聞かれて市民権を得て欲しいと思う。

 

また、纏まりのない文章をたらたらと書いたが、碌に下書きもせず自分自身あまり読み直す気がないのと推敲する気力がないので致し方ない。謙遜でもなんでもなく拙文そのもので申し訳ないがこれでこの回は締めたいと思う。今後も気が向いたら好きなラッパーなどを紹介していきたいと思う。